今年のNHK大河ドラマの主人公、明智光秀ゆかりの地で田辺城跡のある京都の舞鶴公園にピースポールを建立しました。
新型コロナウイルスの影響で世の中が混とんとする中、分断ではなく、統合の道をと願いをこめて、今まで平和活動のため何度も訪れたこの地に、ピースメーカー6名の仲間の協力を得て建立することができました。
指定史跡のため市役所の許可が必要であり、埋蔵文化財が発掘される可能性もあることから条件は厳しかったのですが、市の担当者の方と丁寧にやり取りを重ねた結果、敷地内の一番良い場所が決まりました。
ピースポールの傍らには、年に2度花をつける冬桜も植樹しました。(M.F)
コンゴ民主共和国のオイシャ市にピースポール建立
カテゴリー:ピースポール
コンゴ民主共和国のパスカル神父が2019年11月に五井平和財団を訪問しました。神父は20年前に五井平和財団の作文コンテストに参加して、それ以来日本のボランティアと関係を保っていました。
コンゴ民主共和国は、宝石や貴金属、コンピュータや電子機器に使われる希少金属を産出する本来豊かな国ですが、1998年以来、資源を奪い合って武装集団が、誘拐、殺害、レイプ、少年兵などの地獄さながらの様相を展開しています。
彼は10年ほど前にも母国にピースポールを建てていますが、それは大変な努力の末に実を結んだものです。彼が住んでいる地域からピースポールが日本から届いた首都まで2000キロ。日本で言えばだいたい北海道の端から九州の端までの距離です。彼はトラックで悪路をひた走り、盗賊や武装集団に襲われる危険を冒しながら、この距離を走ってピースポールを取りに行ったのでした。なんとか無事成功。
今回は、日本からピースポールを作るためのプレートが送られ、地元で用意した柱にそれを貼り付けてピースポールを作りました。彼は勇気を奮って、若者たちと一緒にそのピースポールをオイシャ市という日常的に犯罪や殺戮が横行する危険な町に建立しました。
彼がその場所を選んだ理由は、この町が最もピースポールと平和のメッセージを必要としているからとのことでした。彼は控えめで言葉少ない人物ですが、とても強く熱いハートを内に秘めています。
彼の言葉では、私たちは1月22日13時に深い意図をもってピースポールをオイシャ市に建立しました。暴力、殺害、誘拐がこの町では2014年以来、頻発しています。このような土地にピースポールを建立することが出来、この土地にも明るい希望の兆しが生まれたように感じたということです。
ピースポールが建てられたのは、同市のマバラコ中学校で、ここは国内避難民の方が避難生活を送っている場所です。避難民や生徒たち、学校関係者もみんなピースポールの建立を喜んでくれました。
コンゴ民主共和国が平和でありますように
M.M
アメリカのニューメキシコ州、サンタフェ市内のセント・ビーディーズ・エピスコパル・チャーチで10月11日にWPPCを開催しました。この教会はアメリカ人の友人が通っていた教会です。この教会の前庭にはエピスコパルチャーチの旗とともにレインボーカラーの旗があり、虹の色はあらゆる人々を受け入れるという教会の有り様を示しているということでした。
教会の代表のマイケルさんは東京三菱銀行で勤務されていたり、東京で働いていたイラン系アメリカ人のエブラハムさん、新日鉄で英語教師をしていたジョードさんといった日本にご縁のある方たちや地元のアメリカ人の方々、コロンビア出身、モンゴル出身のアメリカ人の人たちもWPPCに参加してくださいました。
海外では初めての試みでしたがZOOMを通じての中継をすることもできました。日本は朝の午前4時という大変早い時間にもかかわらず多くの方にご参加いただきました。またアメリカの方々もご参加いただき交流ができましたことを嬉しく思います。
WPPCの後、すぐに教会の正面にピースポールが建立されました。全米で多くのピースポールを建てられた経験を持たれているダニエル佐藤京子さんと現地の教会の方々のスピーディーな連携でまたたく間に完了しました。この教会を私に推薦してくれた友人も翌日、ピースポールを見て大変喜んでくれました。
(Z.K.)
2019年3月、フィリピン共和国ミンダナオ島アレオサン市役所前に7メートルのピースポールが完成しました。これは基礎設計からフィニッシュまですべて自分で行なった平和のシンボルで深い愛着があります。
もともとフィリピンで平和活動を行うきっかけとなったのは、第二次大戦の歴史ですが、過去5年間フィリピンの小中学校でフラッグセレモニーやピースポール建立を続けていくうちに、ミンダナオ島では25年以上続いたイスラム教勢力による内戦が、2013年に再発したことを知り、こちらに平和活動の目標を移しました。こちらではテロや誘拐事件が多数起こっています。
ミンダナオ島にはイスラム自治区があり、その境界線にミッドサヤップ市が有ります。この周辺は何度も何度もイスラム過激派組織の襲撃を受けている地域なので、ミッドサヤップ市長と面談しピースポール建立をお願いに上がりましたが、更に攻撃を受けることになるかもしれないとの懸念から断わられて、隣りの市であるアレオサン市の市長に懇願して許可をいただきました。
7メートルのピースポールにしようと考えた理由は、平和を強く求めていることを表現するため、巨大なピースポールを立てようと思い立ち、さらに自分の設計能力を活かして、7メートルに決めました。現在も使われている方言が4つ在り、日本語、英語以外でピースポールにあと2言語どれを使用するか決定するのに時間を要しました。市役所は、ピースポール建立に併せて芝生を新しく張り替え、ベンチ等もリニューアルして下さいました。完成式には、地元の多くの人々がお祝いに来てくれました。
O.A.

フィリピンでは国際平和デーの前後に各地でピースポール建立とフラッグセレモニーが行われました。
9月20日、ケゾン市の国立腎臓移植研究所にて昨年建立したピースポールの前でフラッグセレモニーと平和の式典(写真上)
9月21日、ダスマリナス市のラサール・医療健康科学研究所にて、国際平和デーを記念して、ピースポール建立式とフラッグセレモニー

9月23日、パサイ市ノアレラノ大学ホセ・アバド・サントスキャンパスでも国際平和デーを祝してピースポールを建立しました。
https://www.facebook.com/mhaddy.g.caadan/videos/2693458487354158/
マリオ・フンゴ
8月19日、カリフォルニア州のピノン市にある韓国の奉元寺にて、May Peace Prevail on Earth International LA支部の仲間で、ピースポール建立とフラッグセレモニーを行いました。
きっかけは一昨年、私たちが韓国仏教の寺院でWPPCを行ったことです。お寺のネットワークで、今回の活動となりました。このお寺は、韓国第二の規模を持つ禅仏教の太古宗に属し、同宗の全米を4つに分けた南西地区の最上位の寺院で、住職は、チュン・ウォン・スニム氏です。この意義深い寺院でWPPCを行うことが出来、感慨深く感じました。
(J.K)
ポーランドでは、毎年国際平和デーの前後に、イタリアや日本からも友人たちが駆けつけてくれ、日本の和の文化体験ワークショップとWPPSの平和活動を集中して行っています。今年は、これまで継続して行ってきた平和活動が認められ、更なる発展を見せました。
南部のイェレニャ・グーラの高校(写真)では、これまでポジティブな言葉の書道や広島の原爆を語り、平和の折り鶴を折るなどの交流を続けてきましたが、今年は市長も参加され、ピースポールの建立、平和をテーマにした高校生のグループ・ディスカッション、国旗カードでのWPPCへと大きく飛躍しました。
国際平和デーには、駐ポーランド川田司日本大使も参列され、日本から贈られた平和の鐘鐘打式を行い、この平和公園に新たに桜の木を3本植えました。
そして、一昨年このイベントに参加され共感してくださった方の尽力で、ワルシャワ郊外にあり宿泊施設や会議室、プールも備え、日本の武道とその哲学を学ぶスタラ・ビエシ道場でも、書道と折り鶴の平和ワークショップやピースポールの建立、フラッグセレモニーが実現しました。日本大使をはじめ、地域の来賓、武道家や子供たち約400名が参加し、これまで共に平和を発信してきた弓道や茶道のグループの披露のほか、和太鼓や能の披露などもあり、ポーランドと日本をつなぐ盛大な平和式典となりました。
ヤーセック・コズオブスキー/ポーランド
星置に住む友人と初めて星置神社に参拝したとき、神社がある小高い丘の上から眺めた街並みが素晴らしく、ぜひここにピースポールを建立したいと思い立ちました。宮司にお願いしましたところご快諾をいただき、8月10日に仲間の12人で境内の桜の木の横に建立しました。この間、宮司も始終をあたたかく見守りくださいました。 (K.A)
昨年(2017年)5月に夫婦でサイパンを訪れた時、6年前(2012年)に建てたピースポール・メンテナンスのため、タポチョ山(サイパン最高峰)に行きました。到着すると、日本語2面、英語1画が剥がされ、辺りはゴミだらけで愕然としました。
その経過を踏まえ、2018年4月20日(金)から23日(月)まで、改めて9名で、WPFCとピースポールメンテナンスに行ってきました。
4月21日(上)オレアイビーチ&グリルレストランのウッドデッキにて、子ども達も参加してフラッグセレモニーを行いました。素晴らしいサンセットが背景でした。またミニピースポールも2本贈里しました。
4月22日(日)ピースポールメンテナンスを①ラストコマンドポスト(南雲中将が自決した場所)、 ②バンザイクリフ(米軍の降伏勧告に応じなかった日本兵や民間人が、「天皇陛下万歳」と叫びながら海に身を投げた断崖絶壁)、 ③グロット(ダイビングスポット)、④タポチョ山(最高峰で激戦区)の4ヶ所で行いました。
②のバンザイクリフは過去にメンテナンスした日本語が傷んでいた1枚だけ、同じものを貼り替えました。①③④は日本語、英語、中国語、韓国語のステッカーに貼り替え、①ラストコマンドポストと④タポチョ山は下部をセメントで固めました。
*ドライバー&ガイドのKeijiさんとAriさんは、心を込めて手伝って下さいました。修復に必要なセメントの調達を依頼すると、セメントは彼らの気持ちとして寄付してくれました。
メンテナンス終了後、Ariさんが撮られた私達の活動と動画や写真を会社に持ち帰り、社長のMr. Chris Nelsonさん(マリアナ観光局長も兼任)がそれを見られて、大変感動され、地元のテレビに放映して良いかの問合わせがありました。サイパンは今、旅行者のゴミマナーがひどく、問題化して島民が皆困っていて、あなたたちのピースポールメンテナンス、ゴミを拾う姿は大きな影響力があるとのことで、快諾しました。地元ニュース番組で2分間放映されたという報告を後で受けました。
*今回は慰霊の場所に、折り鶴のレイをお供えし、お祈りさせて頂きました。また用意したミニピースポールを5本とピースドール100体は、各地ですべて贈呈することが出来、大変喜ばれました。
*タポチョ山では、3名の台湾出身の若者たちが、私達の作集を感心した様子で合掌してじっと見ておられましたが、終了後には一緒にお祈りしたいと希望されたので、皆で輪になって中国、韓国語、英語、日本語の願で一緒にお祈り致しました。この若者たちは我々が立ち去る時も、ピースポールの側から去りがたそうにしていたのが、とても印象的でした。
*サイパングランドホテル内の日本兵の慰霊塔で祈っていたら、ホテルの従業員の男性が、感謝してお線香を持ってきて下さり、一緒に祈りました。最後の卓上ピースポールを贈呈しました。(O.Y)
今年の国際平和デーは、「すべての生命にとっての平和、尊重、安全保障のための団結」をテーマに、多様な人種の、宗教、部族、学会、政界と若者が集い、May Peaceの精神の下、平和の祈りを共に捧げました。アントニオ・グテレス国連事務総長のメッセージが読み上げられ、地元の平和大使のスピーチ、そして、私も「みんなのチームワークによる平和」をテーマにスピーチをしました。イベントのハイライトは、地域の王宮に英語、仏語、日本語、エフィク語のメッセージが入った2メートルの鉄製ピースポールを建立したことです。その間は3人の宗教リーダーが平和の祈りを捧げました。最後に私が作曲しMay Peace Prevail on Earthの歌を合唱し、締めくくりました。
モジマ・エトクド/ナイジェリア